僕は扁桃腺が弱い

ホームレス寸前からのでんでんでんぐりがえし

「パスカル」って人はすげーなと思ったので更新。最近変わったことと変わらない思い~誰にも甘えられない環境に身を置きたかった~

本気で何かに打ち込んでいる人は、ブログなんかやらない。

 

その対象がブログだとしたら、そんなんだから

「プロゴルファー」とかいう、ご機嫌な商売が成り立って

「責めのゴルフ」とかわけ分かんないことほざくねん。

 

「遊びを仕事に」とか言ってる人間の、気持ち悪さったらない。

 

でも、「ねりからし練り師」とか、

「ふりかけ振りかけ師」とかは、確かにいないから

「まねたいず」できる商売なら、「職業」と定義できるってことかな???

 

今回はマジでお金がなくなって、久しぶりに泥臭い毎日を生きている僕が

気付きはじめたマイレボと、変わらない熱き想いについてのメモ。

 

自分は限界まで努力して生きてこなかった

 

これ自体は、全く反省していません。

 

でも、なんだかんだ言って、

1日15時間は、何か労働的なことやってるから

それほど頑張っていない、というわけでもない。

 

相変わらず、生きる気力がわかないから

どうしても努力に対して、価値を見出せない。

 

これは発展途上国の、底辺を生きる人間の心理にも似た

どうせ俺なんて、頑張っても意味がない、みたいなものからだろう。

 

日本に生まれた時点で幸せだ、甘えるなという意見。

 

GOMOTTOMO!

 

この感覚は、お金があった時よりも悪化している。

 

当然なのか?

 

お金があった時も、生きていいるのはやだなーと度々思っていたので

ないほうがマシなのかな?と思ったこともありますが

やっぱりお金自体は、ないよりあった方がいいに決まっている。

 

 

労働時間(だと思っている)と、収入はそれほど関係ない。

 

これはね。知ってた。

 

僕も「そこそこ好きなことで、けっこう食えている時代」があって

その時は、働いている感がないけど、けっこうお金が貰えることもあった。

 

「値段見ないで頼んじゃう状態」になっていた。

 

そして今さら気付いた。

 

スーパーの野菜は、毎日価格が変動する。

 

大切なことは「考え方」なのではないだろうか?じゃあもう俺はおわr・・・

 

相対的には、お金がない現在の方がサバイバル感があって楽しいっちゃ楽しいです。

でも、そこまでして生きていたくもない。

 

だから、サバイバル感には意味がない。

 

それよりも、金が欲しい。

 

でもお金がないと、ごはんが美味しい。

これは完全に「感じ方」の問題。

 

じゃあ、お金がない方が感覚が研ぎ澄まされるってこと?

 

でも、それでも、お金は欲しい。

 

じゃあ、ご飯が美味しくなくてもいいんだ。

 

それもやだ。

 

基本的には、労働というのは、食料を買うためにするものだ。

 

しかしながら、マルクスは、労働力の再生産には

ただ生きていく(食べる)だけなく、「明日への活力」が必要と言った。

 

それは「娯楽」といったものを指すようだが、僕は希望だと思うんだ。

 

生きるためには、希望が必要だ。

 

もちろん、「相対的な味覚」も希望の1つ。

 

味の素ってのは、僕達が思っているよりも偉大なものなのかもしれないよ。

 

悲しいのは、この反省を活かせない可能性が高いこと。

 

おれは、

 

烈海王だったのかもしれない。

 

タイトルにもありますが、最近また本を読んでいて

パスカルって人が、すごいいいことばかり言ってることを知ったよ。

 

みんなも読んでみたら?

 

 

PS:

「読書家」って昔からいるけど、まねたいずが難しいよね。

 

評論家とか、人間の屑にならないとお金が稼げないらしいよ。

 

プライドも偏見も金の前には、無力ってこった。