僕は扁桃腺が弱い

ホームレス寸前からのでんでんでんぐりがえし

努力よりもパチンコをするべき人間が存在する~コン猿よりもパチンカスが優れている69個の理由~

人足仕事には、いわゆる「底辺」の人々が集まります。

 

僕もなかなか低いレベルで安定した人生ですが

下には下がいることを学ぶ、かけがえのない日々を過ごさせていただいています。

 

「気付き」の多い毎日の中で、見えてくる傾向があるのですが

先進国の底辺の人々は、炭水化物とギャンブルが好きなようです。

 

「やよいけん」への訪問を生きがいにしている人、

そして、やはり「パチンコ」が好きな人が多いことに気付きます。

 

パチンカスとも呼ばれることもある、彼らの議論はそれは熱いものです。

 

パチンコが好きだから底辺なのか、

底辺だからパチンコが好きなのか、

 

そんなことは、置いておいて、

 

実は彼らこそ、「効率」を徹底的に求めている存在

パチンコ通いは、その結果としての神聖な行動なのではないか?

 

そう思うことも、増えてきました。

 

「どこに座るか」やんって思っていた時期が僕にもありました

 

個人的なことを言えば、もともとギャンブルは好きなんです。

馬はかわいいし、情熱を注ぐ価値はあると。

 

正確には計算していませんが、「勝ち越し」しています。

ありがとうございます。

 

しかしながら、競馬が好きな一方で

パチンコをやる人間は、非常に愚かだと思っていました。

 

他人が打った釘

他人が設定した確率・出玉

お金を入れて手首をひねる

 

何が楽しんだろう?って。

 

ギャンブルですらない、

 

「自国に向けられたミサイルの開発のための寄付」

 

ただそれだけのために、時間を使う。

 

「どこに座るか」という、要素しかない「遊戯」という名の自傷行為

 

ギャンブルってーのは、

競馬・ポーカー・ブラックジャックとか

研究だけでも、思考だけでも、運だけでも勝てない

そんな部分に、ロマンがあるんじゃないかって。

 

脳みそが少ない人ほど、政治の話が好きなようですが

パチンコしながら、北朝鮮問題を語る人とかも多いじゃないですか。

 

やっべーなって。

 

でも気づいてしまったんです。

彼らは「ひねった手首の向こう側」にしか、希望がないってことに。

 

努力する意味がない・価値を置かない・置く意味がない人々

 

彼女は言いました。

 

「努力は必ず、報われる」と。

 

そんなわけないのは、誰もが知ることです。

 

コン猿は言います。

 

コンセンサスをリスケすることこそ、真のコミットだと。

 

要は、

「建設的な行動を積み重ねることで、人生は素晴らしいものになる」

そういった概念が、国家の犬こと、先公どもを中心に布教されているのです。

 

しかしながら、生まれた時から石油が沸いている人もいることと同時に

生まれながらに、パチンコを打つことが最大のコミットである人間もいます。

 

「建設的な努力」とは、

イチローにとっては、素振りであり

春樹にとっては、パスタをゆでることであり

鶴太郎にとっては、ヨガであり

 

そして、「生まれ」が残念な人にとっては、

パチンコ台の前に座り、手首をひねることなのです。

 

「ぱわぽ」とか、「といっく」とかよりも

「パチンコ必勝ガイド」の発売日が重要な人間もいる。

 

ベストなデシジョンとしての、パチンカス。

ここは地獄でしょうか?

 

あと「ちゃんと台を見れば勝てる」という人もいるみたいですけど

そういった人にとっては、パチンコはギャンブルではなく、仕事です。

 

ご苦労さまです。

お体に気を付けて、頑張ってください。

 

 

おわり。

あの日、他人任せの僕たちはトリクルダウンを本当に信じていたのか?~君の会社の従業員は、君の会社の商品を買えるのかい?~

迷ったんですが、このブログは経済講座にします。

 

僕はけっこう、「全てを恨んでいる系」の人間なのですが

最近話題の「ブラック企業」とか、「税金で不倫」とか

資本家・労働者・搾取・マッキンゼーゲバラといったことは

実はどうでもいい、というか、考えても仕方がないと思っています。

 

もちろん、なくなればいいですが、

立場が逆なら、だとしても、お互いに同じことをするだけでしょう。

 

 

「税金でずっぽし」できたら最高だよなーとか、鼻ほじりながら考えてます。

俺のスピード(早漏時々遅漏な不器用もの)も相当なもんだぜ。

 

 

こういう話題って、結局は長嶋の息子とか

「そういう人たち」の仕事を生むために存在するわけじゃないですか?

 

出版社・印刷業界・ベッキーとかっていうのは、

「ミックスフライとじ定食」を構成しているわけで

ワンフォアオールじゃないですか?

 

お人好しなのか?陰謀なのか?

 

で、本題なんですけど「トリクルダウン」の話です。

 

上のグラスからワインがこぼれると、下のグラスにこぼれて・・・ってやつ

 

ふつーに働いてたら、起こるわけないと感じるじゃないですか?

人間って、そんな優しくないでしょ?

 

「そんなこと起きなかったじゃん」ってことが話題らしいですけど

起こると思っていた方が、どうかしているでしょ。

 

そもそも「余った分を分けない人」じゃないと、会社大きくできないでしょ。

 

だから、「政策を考える人達」ってのは
「起こらないと分かっていて提唱した」ということもあるのかな?と

 

そういう話。

 

ゆりこ、それだけはいいと思うぞ。

 

なぜ今、唐突に、ホームレスになりかけの男が経済を語るか

それは美熟女の代表である「ゆりこ」が勃ちあげた性党の
マニュフェスト的なやつに「内部留保への課税」ってのがあったんですよ。

 

僕は支持政党って、生まれてから、これからもないと思うけど 

賃金を上昇させるのは、それしかないのかな?と。素人なりに思うわけで。

 

やるじゃん!って。

 

今問題になってるらしい、

「物価は上がってるけど、賃金は上がらない」という現象ってのは

「他社の賃金の上昇を期待して、自社製品の値段を上げている会社」が多いってことでしょ?

 

自分とことの従業員は、その商品を買えるのか?

そういう視点がない、悲しくない?

 

にっさん。やっちゃったね。

 

前に、「ユニ何とか」とかいう洋服屋さんの社長が

「これからの時代は、年収100万円の人と、一億の人が出てくる」

とか言ってたらしいですけど、その桁の数の違いの根拠はなんなんだろう?と。

 

「人の100分の1の価値の人」っているのでしょうか?

 

切なくないですか?

 

かく言う僕も、「スリムフィット」は「おきに」です。

 

火星に行く前に砂漠をなくそうよ

 

で、またワインの話に戻るんですけど。

 

むかしむかし貧しい村があって、引っ越しをする家庭があって、

 

「選別として、みんなで1杯ずつワインを贈ろうよ!」という話になって、

 

樽を用意して、「明日までに随時注いでおこう!」ってなって、

 

引っ越した後に、新居で樽を開けたら、全部水だったって。

 

「自分だけ水を入れても、ばれないだろう」という人がいて

 

みんなそういう人だった、というお話を聞いたことがあるんです。

 

「パスカル」って人はすげーなと思ったので更新。最近変わったことと変わらない思い~誰にも甘えられない環境に身を置きたかった~

本気で何かに打ち込んでいる人は、ブログなんかやらない。

 

その対象がブログだとしたら、そんなんだから

「プロゴルファー」とかいう、ご機嫌な商売が成り立って

「責めのゴルフ」とかわけ分かんないことほざくねん。

 

「遊びを仕事に」とか言ってる人間の、気持ち悪さったらない。

 

でも、「ねりからし練り師」とか、

「ふりかけ振りかけ師」とかは、確かにいないから

「まねたいず」できる商売なら、「職業」と定義できるってことかな???

 

今回はマジでお金がなくなって、久しぶりに泥臭い毎日を生きている僕が

気付きはじめたマイレボと、変わらない熱き想いについてのメモ。

 

自分は限界まで努力して生きてこなかった

 

これ自体は、全く反省していません。

 

でも、なんだかんだ言って、

1日15時間は、何か労働的なことやってるから

それほど頑張っていない、というわけでもない。

 

相変わらず、生きる気力がわかないから

どうしても努力に対して、価値を見出せない。

 

これは発展途上国の、底辺を生きる人間の心理にも似た

どうせ俺なんて、頑張っても意味がない、みたいなものからだろう。

 

日本に生まれた時点で幸せだ、甘えるなという意見。

 

GOMOTTOMO!

 

この感覚は、お金があった時よりも悪化している。

 

当然なのか?

 

お金があった時も、生きていいるのはやだなーと度々思っていたので

ないほうがマシなのかな?と思ったこともありますが

やっぱりお金自体は、ないよりあった方がいいに決まっている。

 

 

労働時間(だと思っている)と、収入はそれほど関係ない。

 

これはね。知ってた。

 

僕も「そこそこ好きなことで、けっこう食えている時代」があって

その時は、働いている感がないけど、けっこうお金が貰えることもあった。

 

「値段見ないで頼んじゃう状態」になっていた。

 

そして今さら気付いた。

 

スーパーの野菜は、毎日価格が変動する。

 

大切なことは「考え方」なのではないだろうか?じゃあもう俺はおわr・・・

 

相対的には、お金がない現在の方がサバイバル感があって楽しいっちゃ楽しいです。

でも、そこまでして生きていたくもない。

 

だから、サバイバル感には意味がない。

 

それよりも、金が欲しい。

 

でもお金がないと、ごはんが美味しい。

これは完全に「感じ方」の問題。

 

じゃあ、お金がない方が感覚が研ぎ澄まされるってこと?

 

でも、それでも、お金は欲しい。

 

じゃあ、ご飯が美味しくなくてもいいんだ。

 

それもやだ。

 

基本的には、労働というのは、食料を買うためにするものだ。

 

しかしながら、マルクスは、労働力の再生産には

ただ生きていく(食べる)だけなく、「明日への活力」が必要と言った。

 

それは「娯楽」といったものを指すようだが、僕は希望だと思うんだ。

 

生きるためには、希望が必要だ。

 

もちろん、「相対的な味覚」も希望の1つ。

 

味の素ってのは、僕達が思っているよりも偉大なものなのかもしれないよ。

 

悲しいのは、この反省を活かせない可能性が高いこと。

 

おれは、

 

烈海王だったのかもしれない。

 

タイトルにもありますが、最近また本を読んでいて

パスカルって人が、すごいいいことばかり言ってることを知ったよ。

 

みんなも読んでみたら?

 

 

PS:

「読書家」って昔からいるけど、まねたいずが難しいよね。

 

評論家とか、人間の屑にならないとお金が稼げないらしいよ。

 

プライドも偏見も金の前には、無力ってこった。